西本願寺
本願寺は、浄土真宗本願寺派の本山で、その所在から西本願寺とも言われている。浄土真宗は鎌倉時代の半ばに親鸞聖人によって開かれたが、その後、室町時代に蓮如上人により民衆の間に広く浸透して発展した。本願寺は、京都の大谷の地に建立された親鸞聖人の廟堂から始まったが、本願寺の繁栄を快く思わない比叡山延暦寺の僧達により破却されたため、蓮如上人は越前吉崎の地に移転、教えを広く民衆に解いた。蓮如上人の平等の教えは、古い体制からの解放を求める声となり、門徒達が一揆をおこすに至ったため、争いを鎮めるため、蓮如上人は京都山科の地に移転、山科本願寺を建立した。山科本願寺は次第に発展したが、日蓮宗徒の焼打ちに会い、大阪の石山に本拠を移した。石山本願寺は、織田信長による迫害を受け11年に渡る戦闘を繰り広げた。戦後、本願寺は各地を転々とした後、豊臣秀吉の支援を受けて、現在の地に落ち着いた。その後、徳川家康の計らいにより、別派(大谷派本願寺)が設立され、本願寺は西本願寺と東本願寺の2つに分立した。