産寧坂・二年坂
清水寺を出て坂を下り、標識に沿って一歩角を曲がると、伝統と現代が入り混じる「はんなり、活気のある」産寧坂に入る。高台寺に居を構えていた豊臣秀吉の妻ねねが二人の間に子供が誕生することを念じて歩いたことから、産・念が転じて産寧坂という名がついた。京都らしい土産物屋とお食事処が立ち並ぶこの通りには、着物姿の観光客と店員との楽しいやりとりや修学旅行生の笑い声によって京の伝統と現代が織りなす空気が流れている。転ぶと二年以内に死ぬという言い伝えのある二年坂を足元に気を付けながら下りると、大正時代に一世を風靡した画家・詩人竹久夢二が大正6年から2年弱を恋人と共に過ごした寓居跡が現在も佇んでいる。清水坂にある大正12年に竣工された国の登録文化財五龍閣には、夢二の遺した作品が今も展示されている。